ママ友。
子供が生まれ、初めてママ友という存在を知った。
皆とても素敵で、大好きだ。
ママ友と書いたが、私は友達だと思っている。
たまたま知り合うきっかけが子供であったというだけで。
先日登園途中、息子と娘を乗せた電動付き自転車で転倒し、私は右足の付け根から自転車の下敷きになってしまい、動けなくなった。
子供達は大丈夫なのか。
よりによってひと通りがなく、何度も遠くの通行人に助けを求めたがなかなか気付いてもらえない。
5分ほどして、ようやく掃除をしていたおばちゃんに声が届き、重すぎる自転車から抜け出すことができた。
やんでいたはずの雨が降り始め、大泣きの娘や息子の状態もよく分からない、とにかくそのまま保育園へ駆け込んだ。
息子は咄嗟に手をついてくれたようで無事だ。
娘はというと、こめかみと目のあたりが、どんどん腫れてきて、心なしか顔色も悪い。
雨が降る中、早く病院に連れて行かなくてはと、パニックになっている私のところへ駆け寄ってくれたのは、子供達を登園させたばかりのママ友2人だ。
自転車で転んでしまったと伝えた次の瞬間、ママ達は娘をひょいと抱き上げ、「病院行くよ」と歩き出した。
いつもパワフルなバリキャリママと、先日赤ちゃんを産んだばかりの産後ママだ。
朝なんて、1分たりとも無駄にできないはずである。
「いいよ、私連れてく」と言う私に「その足で行けないよ」と、抱っこした娘を不安にさせないよう、あやしながら言う。
そう言われて気付いた、足がかなり痛い。
たどり着いた小児科で、外科へ行って欲しいと言われた。
頼むから診て欲しいと途方にくれる私を横に、また娘を抱き上げ、歩き出す。
雨の中濡れながら、歩いて近くの外科へ向かい、受付で状況を説明する。
冷静にしてるつもりの私はやっぱり動揺していて、うまく伝えられない。
ママ友が、検査をするならどの病院に行くべきか、紹介状は書けるか、受付に掛け合ってくれたのだ。
診察の結果、娘も私も打撲で済み、大事には至らなかった。
なんとお礼を言って良いか分からない私に、「お互い様だよー!ねー!」と娘の頭を撫でながら笑いかけるママ。
あまりの有り難さに、病院の待合室で、しばらく涙が止まらなかった。
転倒した場所には、その日のうちに貼り紙がされていた。
息子の卒園が近づくにつれ、嬉しさと共に、寂しさが膨らんでいく。
私は息子の卒園と同じぐらい、このママ友達と離れることが寂しくて泣くのだろうと思う。
素敵なママ達に囲まれている。
カレーの謎。
夕飯がカレーの日、「給食もカレーだった!」はよくある話だ。
それにしても。
それにしても、だ。
我が家はこの1年ほど、夕飯にカレーを作った日は、全て給食もカレーだった。
私は普段、給食メニューも見ないし、そんな偶然ある??、、が何度も何度も続いた。
あんまり続くから、保育園週1カレーなんじゃないかと疑ってみたこともあるが、まったくそうではない。
月1〜2回の不定期だ。
実は、今日またその日がきた。
うちはカレーだ。
帰ってきた息子が「今日カレーだった!」という。
嘘だろと思ってメニューを見ると、ポークカレーと書いてある。
本当に分からない。
流石に気になり、疲れた頭で、なんでだ?なんでだ?とカレーを温めていた時、、
、、閃いた、これしかない。
「私がどうしてカレーを作るか」というところから考えてみたのだ(無駄な時間)
全て共通点がある。
前日に、息子が「カレー食べたいなー!」と私に言っている。
私は必ず翌日、カレーにしている。
全てが繋がった。
翌日の給食がカレーだなんて、息子達(保育園児)からしたら、お祭りだろう。
「明日はカレーだよ!!!」で大騒ぎに違いない。
その頭で帰ってきた息子が呟く。
「カレー食べたいなー!」
それを聞いた母は、翌日カレーを作ることを心に決める。
そして翌日。
予定通り、給食はカレーだ。
そして我が家も予定通り、カレーだ。
1年ほど続いたモヤモヤが晴れた。
世の中にあふれる「給食もカレーだった!」の謎は、ここに答えがあるのではと思う。
大感謝。
私は保育園から帰ってくる時のコーディネートを、毎日とても楽しみにしている。
なんとも言えない色の組み合わせや、全身柄もの、どこかで入れ違ったのであろう見たこともない誰かの洋服で、意気揚々と帰ってくる姿がとっても好きだ。
先生達の忙しさと懸命さが垣間見えるのが何とも言えず有り難く、嬉しい。
と思っていた。
先日、目を見張るほど真っ赤な出立ちで登場した息子の隣で、先生がとびきりの笑顔で「良いコーディネートですよねー」と教えてくれた。
お着替えは子供達に選ばせてくれているらしい。
なるほど、そうなってくると、息子のかっこいい基準が少々気にはなるものの、忙しい中、子供達が時間をかけて洋服を選ぶのを見守ってくれている先生達には、感謝の気持ちが増すばかりだ。
あぁ、大きくなってきた。
人生初。
私は生まれて初めて歌った歌を、当然だが覚えてない。
娘はきらきら星だ。
いつも、さぁ寝ようと電気を消すと歌い出す。
褒められるのが嬉しくて、暗闇でもニコニコしているのが分かる。
何度も何度も繰り返し歌い、歌が止まると同時に寝息が聞こえてくるのだ。
なんと幸せな音だろう。
この声を絶対に忘れたくない。
宝物だ。
12個。
とある町中華で、あぁ久しぶりだと思って唐揚げ定食を注文した。
運ばれてきて気づいたが、我が家は唐揚げ率高めで、久しぶりであるわけがない。
そして衝撃的なことに気付く。
我が家唐揚げ率高めにも関わらず、ほとんど食べた記憶がないのだ。
毎日の料理はもう無心で、唐揚げといえば、鳥モモ肉2枚買い、12個に切り分け、気付いたら12個の唐揚げが完成している。
(揚げ物は好きだ。一度火をつけたらそこに集中して良い権利を与えられる気がするから。)
家族2人の頃は、食べ残せば翌日のおかずになっていたし、子供が生まれてからも、量を見直すこともなく、ただただ12個の唐揚げを作り続けてきた。
思い返せば、私も昔は4個ぐらい食べていた気がする。
息子が生まれ、娘が生まれ、離乳食を経て、もれなく唐揚げ好きな子供に育っている今、さぁ食べようかと私が席に着く頃には、12個あった唐揚げは6個ほどに減っている。
横には怪獣が2人「唐揚げおかわりー!!」と箸を振り回している。
その横には、元々唐揚げ大好きおとんが食事中だ。
次第に私は唐揚げを食べなくなった。
驚きだが、前回の唐揚げは1個食べたか記憶にない。
ただ、これまた今気付いたが、決して我慢しているわけではなく、美味しく食べてもらえることに、異常に満足している自分がいるのだ。
私食べれんやん、作る数を増やさなあかんなという思考に至っていないことがそれを証明している。
息子が話す言葉には、「お母さん大好き」「お母さんがいい」など、私の存在意義を爆上げしてくれる言葉が多いが、何より一番好きなのは、「お母さんおかわり!」だ。
これは今のところずっと変わらない。
元気にケラケラ笑って、大好きなご飯のおかわりを気にしながら食べ始める姿が、たまらなく好きだ。
心底安心する。
町中華の揚げたての唐揚げはとても美味しく、色々思いを巡らすうちにあっという間に食べ切った。
唐揚げの数を増やすか、母の唐揚げが足りなくなるほど食べてくれる喜びにもう少し浸るか、まだ悩んでいる。