勝手すぎる。
【勝手すぎる】
少し前まで、リビングの静けさは事件の始まりだった。
大切な書類は破られ、兄の真似をした娘が今にも倒れそうなテレビから降りられなくなっている。
テレビのリモコンは見たこともない設定にされ、空調のリモコンに至っては、半年ほど前から行方不明だ。
5分も静けさが続こうものなら、もうそれは事件後の可能性が高い。
そんな我が家の静けさに、このところ変化が訪れている。
やばい、何分静かだった?しまった、、と覚悟を決めて2人の行方を追うと、兄による妹の為の読み聞かせが行われていたのだ。
役目を果たしていない気休めの鍵(S字フック)をこじ開け、パントリーを漁り、ようやく取れたおやつを2人で分け合っていることもある。
こういう場面を目にすると、なんとも言えない微笑ましさにシャッターをきるのと同時に、日常的に有限を感じやすい私は、いつも、自分がいなくなった世界を想像してしまう。
人生なんて何があるか分からず、思いがけず疎遠になってしまう兄妹なんて、山ほどいると分かっていても、どうかこのままお互い支え合って生きて欲しい、どちらかが辛い時に寄り添ってあげて欲しいと、こんな小さい子供達に向かって願ってしまうのだ。
子供達が生まれた時「元気でさえ居てくれたら他に何も要らない」と心から願った私はどこへ行ったのだろう。
年々広がり続ける、子供達への願いに、自分でも笑ってしまう。
静かな時間を求める毎日に、静かな時間が訪れた途端、寂しくなる。
自分でやってくれよと思う毎日に、私の手を借りず解決する子供達を見ては、切なくなる。
なんなんだ。
親というのは、こんなに勝手なのか。
おとんの成長。
人による、ということは分かった上で言うと、おとんは髪の毛を結ぶのが苦手だ。
おかん(私)が娘の髪をポニーテールに結うのを見て、おとんもやってみようと思ったのだろう、それはとても嬉しい。
ただ、おとんにより初めて結われた娘のポニーテールは、誰がどう見てもお相撲さんの「マゲ」だった。
お相撲さん風の娘も愛らしく、何も問題ないのだが、娘は日によって、おかんによる「ゆるふわポニーテール」で登園したり、おとんによる「マゲ」で登園したり、するのだ。
出来ることなら、是非毎日、前者で登園させたい。
私は、何故「マゲ」になるのかを細かく分析し、伝えた。
おとんは練習を重ねたのだろう。
見て欲しい、こんなふんわりポニーテールが結えるようになったのだ。
まず、後れ毛の可愛さと重要性を知ったと思われる。
そして、結ぶ位置は頭のてっぺんでなくて良いことを知ったのだろう。
「マゲ」の分析結果を伝えた私は、それ以降敢えて何も言わずに見守ってきたが、これはもう合格だろう。
何も知らずにニコニコお相撲さんで登園していた娘が、既に懐かしく、またその姿に会いたくなってしまう。
おとんも成長している。
幸せ。
【幸せ】
アカペラサークルで出会って23年。
歌うことに導いてくれた彼女とまたこうして声を重ねられるとは。
彼女の歌にピアノで寄り添えるとは。
当時の私に教えてあげたい。
月花舎でのLive。
お越しくださった皆様、本当にありがとうございました。
学生時代からの憧れはそのままに、進化を続ける聖子さんとのステージは、緊張の連続だった。
その緊張すら噛み締めることが出来たことが、とても嬉しかった。
言うまでもなく、彼女は素晴らしかった。
どうやって歌っているのだろうか。
未知は未知のままで良い気がした。
対バンでフィドルを演奏された奥貫さんが、MCの中でフィドルは「踊る」ということだと教えてくれた。
なるほど、納得がいった。
リハーサルから本番まで、難曲に臨む時も、ステージを作り上げる時も、MCの時も、奥貫さんはとても明快でとても軽やかだった。
フィドルのような人だと思った。
ギター高橋氏のサポートを受けたフィドルの演奏は、とても素敵だった。
あぁ、夢のような夜だった。
一緒に演奏した仲間はもちろん、
来てくださった皆様、
素敵な空間を提供してくださった月花舎さん、
遠くから駆けつけてくれたスタッフりんさま、
当日の朝38.8度の熱を出した息子を置いて出かけなくては行けなかった私のメンタルをサポートしようと、何度も何度も息子の様子を連絡くれた家族に、感謝だ。
1人じゃ何にも出来ないと思えること、幸せだと思う。
忘れられない1日だ。
7年越し。
A.R.Works‼︎
お互い、必ず再開出来ると信じていても、こうしてまた一緒に音を合わせられることが奇跡のような気もする。
互いの家族の後押しと協力がなければ成り立たない。感謝だ。
束の間のスタジオ、嬉しくて泣けた。
谷彰彦×横田良子
それぞれの場所で色んなことを経験して、我々の大事な楽曲達も、きっと我々らしく進化していくのだろうと思う。
とりあえず、子供が駄々をこねるということがどういうことか、2人ともめちゃくちゃ分かるようになったと思う。叱る辛さも。
またここからやね。
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君は駄々をこねて
よく僕らを困らせたね
叱ったこともあったけど
ホントは幸せだった
負けず嫌いで 勝気な君も
誰かを想える君も
知っているから
誰かが君を傷つけても
困難な壁にぶつかっても
立ち上がれなくなるその時には
いつでも味方だから
戻っておいで
── A.R.Works「誰かが君に恋をして」より
叱ることとその代償。
母親として、子供達を叱り過ぎているのではないかと考える事があるが、どれだけ叱っても(いや叱るほどにかもしれない)、子供達は無償の愛を持って「お母さんお母さん」ととびきりの笑顔を見せてくれるので、なかなかそれに気付けない。
先日、いつものようにご飯を作りながら2人がリビングで遊んでいるのを見守っていたとき、娘がコップに入った牛乳を、バシャーーーンと勢いよく床にぶちまけた。
そこには片付いていない絵本やぬいぐるみもあり、悲惨だ。
そして、その瞬間の2人の行動に衝撃を受けた。
2人揃って、寸分違わず私を振り返ったのだ。
私は気持ちに余裕があったのかもしれない、ありゃー溢してまったかーぐらいの気持ちでいるにも関わらず、2人のその行動に、ちょっとショックを受けた。
「しまった!やばい!怒られる!!!」
という怯えが2人の顔から滲み出ていたからだ。
そうか、こういう時、私はきっと大きな声で叱ってしまっているんだなと認識した瞬間だった。
かと言って、「溢しちゃったのね、一緒に片付けようか、ほら綺麗になったねー!ハイタッチ!」みたいな母には、なかなかなれない。
認識できただけでも良かったかもしれない。
もしかしたら、次はとりあえず大きな声で叱る前に、少し立ち止まれるかもしれない。
ちなみに息子は叱られると、泣く→隠れるがいつもの流れだが、娘は泣かない、そして、仕返しのつもりなのだろう、私が回したばかりの食洗機を止めるのだ。
もう4回もやられている。
娘は分かってる、私が一番ダメージを受けるであろうことを。
朝起きて、よし片付けるぞと開いた食洗機が、ドロドロで何も片付かないことが分かった時の私の絶望を。
こんなに毎日色んなショックを受ける生活は、過去思い返しても初めてだ。
あまりに新鮮で、飽きる暇がない。
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